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ツールがすべてを解決する症候群、あるいは組織の本質的なコミュニケーションとは

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コンサルティングという仕事を長くしていると、「ITツールがすべてを解決する!」みたいな幻想を持っている人に、多く遭遇する。

ちなみに僕自身のIT感はほぼ真逆で、外からツールを買ってくるだけで解決するような本質的な課題なんてほどんどないんじゃないか?くらいに思っている。
ツールを買ってくるのではなく、「データを一元化してきちんと管理すれば業務の流れは劇的にスッキリする」という状況は多くあると思う。
でもこれって、「買ってくる」というよりは「根本的に自分の体を作り変える、鍛え直す」みたいな営みであって、「ツールが全てを解決するという幻想」からは程遠い。


10年くらい前にあった例を紹介しよう(こういうのって、人間関係上、直近の事例は紹介できないものなのですよ)。
あるクライアントの経営会議で、「組織内で本音のコミュニケーションが全く行われていない」という課題について説明していた。

ビジネスでうまくいかないことを、全員が他部門のせいにしあっていたり。
あとは同じ部門内でも、よくよくヒアリングすると、真逆の方針を主張していたり。
日々の作業を進めるための表面的な会話は十分あったし、潤滑油的な雑談も不足していなかった。でも、ビジネスで本当に大事なことに限っては、会話するのはタブーという感じだったのだ。
他にも、情報が散乱していて、欲しい情報にたどり着けない、などの問題もあった。

そういう話をしていたところ、ある執行役員さんが「ケンブリッジさん、Slackって知っていますか?いまやアメリカでは、社内コミュニケーションは全部Slackですよ!」と、Slackの良さを語り始めた。
当時はまだSlackが今ほど普及しておらず、彼は「最新IT情報を披露してあげますよ」というトーンだった。(御本人は使ったことはなく、聞きかじりのようだったが)

でも当たり前だが、その会社の課題である「ビジネスで大事な方針を語る習慣がない」「目上の人に意見をぶつけることがためらわれる組織文化」に、チャットツールの良し悪しなんて(ほとんど)関係がない。
僕らもSlackは使っていて、日々の連絡から、仕事にまつわる結構大事な議論まで、Slackに飛び交っている。他のツールに乗り換えたいとも、思っていない。
でもそれは「オープンで、ストレートで、上下を意識しないコミュニケーションをする組織文化」が根付いているから実現できていることだ。Slackを使い始める前からずっと。

でも彼は、そんなことはSlackを導入すれば解決する、と思っているようだった。ITは便利な道具であり、お店で買ってくるように、お金を払えば今までできなかったことができるようになる、という世界観。
こういう人に、「いやいや、そうじゃないでしょ?」と説得を試みて、成功したことは僕はない。違う世界に生きているのかもしれない・・。


なぜこういう人が、日本企業のまあまあ偉い層に一定数発生するのか。

一つは、ツールベンダーのマーケティングの成果だろう。
ITというのは工場の機械なんかと違って、直感的に価値がわかりにくい。だから多少誇張気味に「この会社ではこのツールを導入したことで、こんなに素敵に生まれ変わりましたよ!」というストーリーを作る。それはある程度は正しいし、マーケターもプロなので、説得力がある。それを鵜呑みにするピュアな人が一定数いるのだろう。

もう一つの理由は、本質的な課題を考えるのが苦手な人がいるからだ。
例えば、さっき僕が書いた「本質的なコミュニケーションをする文化がない」って、観察するのも対策を考えるのも、めんどくさいじゃないですか。すぐに「本質的ってなんだ?」みたいな話になっちゃうし。
それに比べて「このツールを使えば、たちどころにコミュニケーションが活性化!」という話だと、脳みそはずいぶん楽できる。

そして、そんな人が組織で偉くなってしまう構造も、なんとなくわかる。彼は組織にとって貴重な「ITやデジタルに強い人」というポジションを担当しているのだ。
ふるーい組織になると、他にITに強い人がほとんどいない、ということもマジでありえる。製造のプロか営業の鬼しか偉くなれないような会社だと。
そういう組織からすると、本質的な問題解決に向き合わなくても、最新のIT事情(最近アメリカではSlackが流行っているらしいですよ!みたいな)を教えてくれる人、に一定のニーズが生じてしまうのだ・・。
まあ、Slackが最新情報になるくらいだから、このエピソード自体かなり昔の話だし、さすがにこういう組織は減ってきているとは思うのだが、1000人以下くらいの企業だと、今でも普通に存在してたりもする・・。


僕はプログラマーになった年に、既に古典になっていた「人月の神話」を読んだ。

この本で特に有名な話は2つあって、「妊婦を10人集めても、1ヶ月で子供を作ることはできない」というプロジェクトのリードタイムの話が一つ。
もう一つは「銀の弾丸はない」で、この本では「コンピューターを自在に動かすためのプログラミングを自動化することはできない」という文脈で語られていた。1975年の本だが、ChatGPTを駆使しても(随分楽にはなるが)プログラミング自体を機械に任せることはできていないので、慧眼と言えるだろう。
そしてこの「銀の弾丸はない」というのは、このブログで書いてきたことにも通じる。
本質的なコミュニケーションみたいな課題に対して「このツールさえ入れれば解決する」と言えるような、銀の弾丸はないのだ。
経営者が先頭に立って、もっと地道な組織風土改善をしなければ。


ここまで書いて思い出したのだが、に、社員全員が率直に意見を言い合う組織、オープンでフラットにコミュニケーションする組織を作るコツみたいなことを書いたんだった。ツール導入してできるなら苦労しねぇよ。

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この記事の前半に少し書いた「外から買ってくるツールみたいなIT」と「身体の血管や神経みたいなIT」という話は「会社のITはエンジニアに任せるな!」という本のメインテーマになっています。本当に大事なのは後者なんですよ、という話。

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